魂に囁きかけるように…




ズゥゥゥゥゥゥン………

九頭龍がその巨大な体躯をくねらせ、大地に倒れ落ちる。

そのまま九頭龍は動かなくなった。

「やったわ、九頭龍を倒したわアレフ………アレフ?」

「……。」

「アレフ、どうしたの?、何か変よ。どこか怪我でも?」

「いや、なんでも無い、なんでも無いんだ…」



その後、彼らの前に再びSTEVENが現れる。

「さあ、ここから、方舟内のターミナルへ君達を送り込んでやろう。」

「いよいよ最後の戦いなのね、アレ…」

そう言ってアレフの方へ振り向いた時だった。

アレフの様子がおかしい。

先程からずっと表情が暗い。いつもの前向きな表情が感じ取れない。

「アレフ、どうしたの?さっきから表情が…」

「もう…嫌だ…」

「え?」

ヒロコは耳を疑った。

アレフがこんな表情をして、しかもこんあ弱音をはいたのをヒロコは見た事が無かった。

「俺は…何故こんなに苦しまなければならないんだ。ミレニアムで、地下世界で、

そして魔界で俺は様々な悪魔、天使、はては魔王をも手にかけてきた。

そして、更に、魔界の王、ルシファーを手にかけ、さらには神をも手にかけようとしている…。

俺は……一体何をしているんだ?、何故こんなにも苦しまなければならないんだ…。

こんな事になるのであれば、ヴァルハラの街であのときのままでいられればよかった…。」


「アレフ、貴方さっきから変よ、一体・・・」

「俺は…おれは…うああああぁぁぁぁぁぁ!!!

「アレフ!?」

しかし、ヒロコの声はアレフの耳に届いてはいなかった。

叫び終わった後のアレフは目の焦点が合っていなかった。

ヒロコがいくら声をかけても、アレフは虚空を見つめているかのようで反応はなかった。

アレフの意識は戻らない。

アレフの意識は内なる面の深い闇へと落ちていった…




暗く深い、真の闇の中、アレフはひとりたたずんでいた。

一片の光も、音も何も無い、真の闇の中、アレフはただ、そこにいる。

彼の顔には、生気が無く、いつもの精悍な顔つきも影をひそめていた。

恐らく、今、彼には「空虚」という言葉は一番似合うのではなかろうか。

そんな顔つきだった。

「闇…何もない空間…」

アレフが空虚な表情のまま言葉を紡ぐ。

「今までの激変の毎日が嘘のようだ…とっても心地好い…このまま……」

アレフは瞳を閉じる。

急に体が軽くなった気がした。

そして、アレフの意識は、何処かへと消えた…。




「アレフ!?、どうしたのよ、お願い、目を覚まして!」

ヒロコがアレフの体を揺する。

が、アレフの体は魂が抜けてしまったかのように微動だにしない。

「一体どうなったっていうのよ…?」

「ふむ…、どうやら内なる面に篭ってしまったようだな…」

STEVENが口を開いた。

「内なる面?」

「そうだ。かれはどうやら自らの暗黒面の意識に飲み込まれてしまったようだ。」

「暗黒面…、でもどうしてこんなときに、あともう少しなのに…」

「ふむ…、推測ではあるが…」

STEVENは一息ついて語りだした。

「彼等はいままで、数々の激戦をくぐりぬけてきた。

しかし、考えてみたまえ、君達が戦ってきた相手は、神話の世界の神々や悪魔たちだ。

それを、脆弱な人間がすべて倒してきたのだ。

普通ならば精神的に正常ではいられまい。

そして彼は、創られたにんげんであるとはいえ、精神はまさに人間そのものだ。

ここへ来て呵責に苛まれても誰も責められまい。」


「アレフがそこまで…、アレフの意識は戻るのですか?」

「ふむ…、こうなっては彼の気力の問題であろう、我々にはどうする事もできんよ。

そして、もし、戻って来る事がなければ…」

「!、戻ってこなかったらどうなるのですか?」

「その場合は、彼は一生そのままであろう…」

「そんな……!、アレフ……」

ヒロコは空を見上げた。

光射さぬ地下世界の空を…




「アレフ…目を開けて、アレフ…」

近くで声がしているような気がする…、女性の声だ…

「アレフ…目を開けて……」

誰だろう…、とても懐かしいようで、つい最近聞いた声のようで……そして悲しい声。

アレフはその声に導かれるようにその瞳を開けた。そるとそこには…

「ベ、ベス!」

そう、それは、確かに光とともに消えたはずのベスだった。

「アレフ、あなたはこんな所にいては駄目、お願い、立ち上がって…」

ベスがアレフの目の前に立っている。その顔には相変わらず慈愛の表情を浮かべて…

「ベス…でも俺は…」

そう言いかけると、ベスは少し悲しそうな表情をしてアレフの言葉を遮った。

「アレフ、思い出して、あなたは一人じゃないわ…」

そう言うと、アレフの背後に一人の男が浮かび上がった。

「フン!、貴様がその程度だったとは…、」

「ダ、ダレス…」

「今の貴様は救世主でも何でもない、ただの木偶の坊だ!」

「………何とでも言え……」

「きっ…貴様ぁ!」

ダレスの拳が飛ぶ。

「ぐっ!」

痛かった。確かに今、痛かった。

ただ、殴られた頬が痛いわけではなかった。何故か、心が痛かった。

「貴様の強さはこの程度だったのか!、此処まで来て、貴様を信じてきた者を見殺しにするのか!」

「今度ばかりは彼のほうが正しいようだが、アレフ」

アレフの後ろにはダレスの時と同じようにザインの姿が浮かび上がっていた。

「ぼくは君の進む道を見て、ぼく自身がとるべき道を選んだ…、君のとった道はこんな所で終わっているのか?」

「俺の…、俺のとるべき道…」

「違う、とるべき道ではないよ、君自身が選んだ道だ。」

「俺が選んだ道…」

アレフの脳裏に、今までの数々の思い出…、出逢いや別れ、そして戦いが浮かんでくる。

徐々に自分の目の焦点があってくるのがわかる。

そして、その焦点があった瞳には……ベスが写っていた。

「アレフ、思い出して、あなたは一人で戦ってきたのでは無いという事を……」

いつのまにかアレフの周りにはいくつもの人影が出来ていた。

それは、アレフが今までに出会った者達だった。

「我が孫よ…、自らの後悔の無いように生きてくれ…」

「目加田……」

「そなたはこれから大きな事を為そうとしておる…、我はそなたの活躍を願ってやまぬ。」

そういったのは将門公だった。傍らには水蛭子の姿もある。

「おい、アレフ、俺様は強い奴が好きなんだ、あんまり失望させるなよ!」

将門公の後ろからゲルベロスが飛び出して吠えた。

「ケルベロス……、それに仲魔たち…」

そして、ケルベロスの周りには数々の仲魔たちがいた。

皆心配そうな瞳でアレフを見ている、ケルベロスの口の悪さは相変わらずだが、

他の仲魔たちと同じで、どこか、心配そうな目でアレフの方を見ている。

「俺には……これだけの人達が、仲魔たちがいた。いつでもみんながいた。なのに俺は………」

さっきからの心の痛みがすぅっと抜けていくのを感じる。

変わりに涙が溢れてきた。

涙が止まらない、止まらないが、顔つきは元に…いつもの精悍な顔つきに戻っていた。」

「みんな、心配かけてすまなかった………もう大丈夫だ。」

もう心に痛みはなかった。変わりに何か心に気力がみなぎってくるのを感じる。

「そうだ、その調子だ!」

今度はアレフの横から声がした。その独特の顔、忘れもしない

「岡田のおやっさん!」

岡田はニヤリと笑い。

「さあ、これからが勝負じゃねえか、何シケた面してやがる。

いいか、おまえは強い! おまえは勝つ! そして……

必ず帰ってこい!!」


この言葉を聞いたのはどれくらい前だったろうか、とても懐かしく感じる。

そして、最後に、再びベスが目の前に現れた。

「迷惑をかけたな、ようやく自分を取り戻すことができたよ。」

ベスは安心したように微笑んで言った。

「私はいつでもあなたの側にいるわ。それよりも、もっとあなたのそばに

あなたの帰りを待ってる人がいるわ、早く戻ってあげて。」


「ああ、わかった。」

いつのまにか、まわりの闇は晴れていた。

あれだけいた人影も無くなっていた。

それでも、アレフは取り戻した、自分の進むべき道を。

アレフは静かに瞳を閉じた。

意識が上へと昇っていく、そして…………




アレフは目を覚ました。

自分の目の前にはもう起き上がらぬ九頭龍の巨大な体躯が横たわっている。

「戻ってこれた…のか?」

アレフが周りを見渡そうとした、その時。

「アレフ!」

ヒロコの声がしたのと同時に、体に鈍い衝撃が走った。

どうやら、ヒロコが思いっきり抱きついたようだった。

ちょっと痛かった。でも、何だか心地好い痛みでもあった。

「ヒロコ…、心配かけてしまって、ごめん。でも、もう大丈夫だ。」

そう言って、ヒロコの体から離れ………ようとするが、ヒロコが抱きしめたまま話してくれない。

アレフが困惑していると、ヒロコが語りだした。

「いま、私のぬくもりが貴方に伝わっているはずよ。どう?安心する?」

「ああ……」

アレフは低く肯いた。

確かに今、アレフにはヒロコのぬくもりが伝わってきている。

なんだかとても心地好く、気を抜くと眠気が襲ってきそうな暖かさだ。

「もし、私がここで身体を放したとしても、私のぬくもりは貴方に残っている…」

「……」

「それと同じで、今の貴方にはいろいろな人の想いと一緒になってる。

でも決して、それは貴方の肩にのしかかっているわけじゃないわ。あなたの心を支えていてくれるの。

だから、貴方は前に進まなくちゃ駄目。貴方を支えていてくれる人達の想いを無駄にしては駄目。」


「ヒロコ…」

「これから先の激しい戦いで貴方はその想いを忘れてしまうかもしれない。

でも忘れないで、貴方には皆に支えられているんだって…」


それは、内なる闇の中でベスがアレフに語りかけた言葉と殆ど同じことだった。

ベスの姿とヒロコの姿が重なったような錯覚を受ける。


「私はいつでもあなたの側にいるわ。それよりも、もっとあなたのそばに

あなたの帰りを待ってる人がいるわ、早く戻ってあげて。」



そう言っていたベスの声が頭の中で去来する。


「ベス…」

アレフが呟く。

その声が聞こえたのか、聞こえていなかったのか、ヒロコはアレフを抱きしめる腕にさらに力を込めて続けた。

「そして…、もし、貴方が戦いの中に私のぬくもりを忘れてしまったとしても、私は必ず側にいる。

この戦いが終ったら、いくらでもこのぬくもりを分けてあげる…

だから、前をむいて。自分の信じる道を進んで。」


アレフの視線から、ヒロコの顔を伺う事はできない。

だから泣いているのか、微笑んでいるのか、わからない。わからないが…

何故か、アレフはなにか強い力に護られているような気がした。

「ヒロコ…、強いんだな。」

「貴方には負けるわ。私は貴方ほど苦しい道を歩んでいないもの。

だからこそこういうときぐらいは貴方を支えてあげねいと…ね。」


「………ありがとう………」

ありがとう、本当にありがとう。アレフは心のなかで囁いた。

まずは今まで出会った人達へ、そして、仲魔たちへ。

それと、ヒロコに。

いままで支えていてくれた事、ヒロコと共に此処まで来ることができた事、そして、ヒロコに出会えた事に…




「さて、その辺で良いかな?」

2人の目の前にはスティーブンが居た。

相変わらずその表情は読み取ることはできないが、

心なしか微笑んでいるようだった。

だがそれも一瞬で緊張した面持ちに変わった。

「君にはまだやらなくてはならないことが残っているよ、さあ、方舟へ…」

アレフ達は未来へ、自分の信ずる道へと続く扉に手をかけた…





<了>