SOUL TRIP



序章



時は夕暮れ時。

家路に急ぐ人間、中華街へ向かう人間。

それぞれ思い思いの時間の中、一人の男が立っていた。

大きな屋敷だ。かつては天堂天山というヤクザの会長が住んでいた。

が、今は主無き屋敷にすぎない。

このまま時と共に消えゆく運命の屋敷だ。

ヤクザの会長の家の前ということもあってか、周りに人影は全くみられない。

そんな中で、男が一人、煙草を咥えながら屋敷の前にたたずんでいた。

外見はまさにその辺にいるチンピラだ。

だがしかし、その男の煙草を吸うしぐさは何故か妙に様になっていた。

その男は、煙草を吸いおわると、夕日に向かって歩きだした。

男は決して振り向かなかった。

そして……その男はそのまま夕闇の中へと消えた……




第一章−−再帰−−



始めからこうすればよかったのだ。

俺はそう思った。

今の俺の状況は実にデビルサマナーという仕事をするのに適っている。

この職業はとてつもない危険が伴う。

当然命を落とすということも、十分有り得る……いや、むしろその確率のほうが高い程だ。

したがって、霊体のみで存在し、力ある身体を拠り所とするこの状況、正に理に適っている。

何といっても元々霊体故に魂が滅ばない限り死ぬということが無い。

身体が滅んでもまた別の身体を得ればいいだけの話だ。

シュッボッ…

煙草に火を付けて煙を肺一杯に吸い込む。

どうやら、ここの事件は俺の身体使っている奴が解決したようだ。

シド・デイビスの奴もその男に殺られたらしい。

できれば、奴は俺が殺りたかった所だが……まあいい。

おそらくこの街に暮らす人々は何の変化も無く、今まで通りの普通の生活を過ごす事だろう。

……さて、俺は、これからどうするかな……

俺は考えを巡らせた。

俺は確かに生きてはいる。だがそれは魂のみでしかない。

当然、外見も他人の身体を使っている。

他人にとってみれば、俺は、今俺の身体に入っている奴であって、本物の俺は俺とは認識されない…

要するに今までの「葛葉」の名は使えなくなるという事だ。

これが小さいようで一番大きな問題だ。

組織の力というのは、面倒な事は多々あるが、使い方によっては非常に役に立つ

「葛葉」の名が使えれば、何かと便利なのではあるのだが…

…とそこまで考えて、俺は考えるのを止めた。

「なんだ、簡単な事ではないか。」

そう、どうして、このような事に気が付かなかったのだろうか。

この身体に入って暫く経つというのに、まだ頭の回転が遅いようだ。

「しかし、皮肉なものだ……」

そう、正に皮肉以外の何者でもない。

それまで自分の組織であったものに使役されるのだから……

だがそんな事はどうでも良い。

どんな形であっても人為らざる者と戦うのが俺のさだめ。

そう、永き過去よりの、俺の血のさだめだ……

「まあ、どっちみち、事件が解決した今、あいつらはこの街にはいないな。」

まだ少し残っている煙草を靴の裏でもみ消して、俺はある所へ向かった。

街は夕闇に包まれ、夜の帷が落ちはじめる頃であった。



俺の仕事柄、幾つかの情報屋とは太いパイプがある。

その中の一人に盲目の情報屋がいる。

他の情報屋が俺の正体に気付かなかったのに対して、奴だけは俺の正体に気付きやがった。

声すらも変わっていたにもかかわらず、だ。

そいつが言うには、どうやら、あれから暫く経って葛葉は銀子が総元締めになったとの話だ。

そして、有能なサマナーを集めて、広く探偵事務所のグループを作って

ダークサマナーと対立しているという事だ。

正に俺にとっては好都合になったって訳だ。

それまで、小数精鋭でやっていたこの組織も新たな力を求めて門戸を開けて人材を求めているのなら

俺の方も組織に入りやすいというものだ。

更に銀子は町外れの屋敷に引っ越したっていう話だ。

益々俺にとっては好都合だ。やはり最初のインパクトがあった方が、後で自由に行動しやすくなる。

そして、インパクトのある自己紹介をするには周りに被害が及んでも周囲が何も無い場所が好都合だ。

いくら組織内に入る事になったとはいえ、下っ端で働かされるのだけは御免だからな。

インパクトのある自己紹介とは何か………まあ、特には考えてはいないが、多分あれでいくだろう。

そう、あれでな……



その夜、俺は早速銀子の屋敷を訪れた。

なるほど、周りには全く民家が無い、閑静な屋敷だ。

まわりで物音がすれば、すぐに気が付くな。しかもこの分だとトラップも中に多そうだ。

機密情報のやり取りなどにはもってこいだ。

しかも、こんな所に屋敷があった事など、俺も知らなかった程だ。立地条件としては申し分無いな。

さすがは銀子のやる事だ、俺のパートナーだった奴とは違って、抜け目が無い。

これなら、例えダークサマナーに知れたとしても、銀子の事だ。抜け道の一つや二つは

用意しているだろう。つまり、殆ど問題は無いということだ。

もっとも、俺にかかれば大した事では無いがな。

しかし周りにあまり良い参謀がいないと見える。俺に身体を使っている奴も、確かに成長して強くなったが、

まだまだ策謀といったことは苦手と見える。

強固なことには変わりはないが、少し考えを変えればまだまだザルな警戒だと言えるだろう。

まあ、そのおかげで俺もこうやって屋敷内に潜入できたんだが。

辺りはやはり、水を打ったように静かだった。虫の声一つしない。

「さてと、久々にひとつ、派手なものを披露してやるか。」

精神集中に入る。身体が違うせいか、なかなかいつものようにはいかなかったが、

徐々に魔法力が身体中にたちこめていく。

そして、手にその魔法力を溜め、一気に解き放つ。

マハラギオンッッ!!

静寂な屋敷の庭に大爆音が轟く

威力はある程度抑えたが、それでもこの屋敷の主を仰天させるのには十分だったようだ。

「何者なの!?」

そう飛び出して来たのは、やはり銀子だった。

伴に何人かサマナーを連れている。

クラブをやめたせいか暫く見ないうちに随分と雰囲気が変わったようだが、銀子に間違いないようだ。

「あんたが銀子って奴だな。」

俺はわざと他人のふりの口調で話した。

当然といえば当然だ。中身は知り合いでも、外見は初めての御対面だからな。

「あなたは……」

銀子が話し掛けようとするのを遮って矢継ぎ早にこっちから話しだす。

向こうのサマナーは殺気をはらんでいる。さすがに銀子は落ち着きをとりもどしているようだが。

ここで話し込むべきではないだろうし、そもそも俺は無駄な話は嫌いだ。

そもそも俺が話す事はたった一言しか無いのだから…

そして、俺はその要件を言い放つ。


「なあ、俺を雇う気はないか?」



<続く>